ブランドロゴが消える?

ネットニュースで見たのですが、「The new luxury bag is indie(新しいラグジュアリーバッグは“インディ”である)」という海外の記事が話題になっていました。

記事の中では、LVMHをはじめとしたラグジュアリーグループが伸び悩む一方で、『大きなロゴを前面に出さない、無名に近いブランドのバッグが支持を集めている』という現象が紹介されていました。

派手なモノグラムや、誰が見ても分かるブランド名。

かつては「成功」や「豊かさ」の象徴でしたが、今は少し空気が変わってきているようです。

 

 

 

ロゴが消えたのではなく、「主張」が消えている

最近、
「一目で高そう」
「分かりやすくブランド」
そういう服装をしている方よりも、

・色数が少ない
・装飾がない
・素材とサイズ感がきれい

そんな装いをしている方の方が、圧倒的に上品で洗練されて見える。

これは流行というより、価値観の変化だと思っています。

私たちが好む上質だけどシンプルな着こなしが見直され始めたのかもしれません。

ロゴは「分かりやすい記号」です。

でも、本当に自分の軸ができてくると、人に分かってもらう必要がなくなる。

誤解のないように言っておくと、ロゴが悪いわけではありません。

ロゴにはロゴの役割がありますし、それ自体がデザインとして美しいものもあります。

ただ、ロゴが「主役」になりすぎてしまうと、途端に服がうるさくなるということです。

 

ロゴが邪魔をしない。

もしくは、ロゴがなくても成立する。

そういう装いを選ぶようになると自然と


・素材
・色のトーン
・サイズ感
・全体のバランス

に目が向くようになります。

つまり、ロゴに頼らない分、本当のセンスが鍛えられる。

スーツという服は、もともとそういう世界です。

どこのブランドかは外から分からない。

だからこそ、ごまかしが効かない。

ロゴがないからこそ、着る人自身の感覚や美意識が、そのまま表に出る。

最近「ロゴなし」が選ばれているのは、流行というより、そうした感覚を心地よいと感じる人が増えてきた結果なのかもしれません。

 

別にロゴが派手だっていいんです。

今回ご紹介した「The new luxury bag is indie」の記事ではあくまで価値観が変わり始めているという内容ですので。

堂々とロゴが前面に出ていても洗練されていたり、それ自体を楽しむ着こなしであれば全く問題はない。

うちは上質でありながらシンプルな着こなしをメインとしたスタイルが多いですが、反面どこにもないデザインのスーツも仕立てて楽しんでいます。

だからぜひ唯一無二のど派手なスーツを仕立てにお越しください(笑)

 

 

 

 

スーツと同じように、眼鏡も着替える

何度かブログで書いていますが私は眼鏡が大好きです。

現役だけで10個以上持っていますし、そんな色々買えるほど余裕があるわけでもないのですが去年もたくさん買ってしまいました・・・。

今月も一つ購入し、まだ狙っているものがあります(笑)

眼鏡は顔の印象をガラッと変える力があります。

だから服装に合わせて、状況に合わせて、作りたい印象に合わせて毎回眼鏡を選んでいます。

 

眼鏡ってなんでも無難に合うものが多い反面、本当に似合っていると思える眼鏡をかけている人は意外に少ない。

自分も昔は何個も失敗したのでよく分かりますが、顔の形や大きさ、髪型やパーツによって相性がいいタイプは限られてくる。

お客様でも眼鏡がお似合いの方が多く、私も見るだけで嬉しくなることが多いです。

 

存在感のある眼鏡は印象に残ります。

個性を表現できたりするのも事実です。

ただ、その主張が強すぎると、眼鏡の印象が先に立ってしまうことがあります。

特に仕事で人と会う場面では、眼鏡の印象がそのまま「その人の印象」になることも少なくありません。

少しもったいないな、と思うことがあります。

一方で特別目立つデザインというわけではないのに、なぜかとてもよく似合っている方がいらっしゃいます。

当店のお客様でも多いのですが、バランスが素晴らしくその人全体が落ち着いて、一体化しているように見える。

ひと目でわかるほど眼鏡自体も素晴らしいのに主張しすぎていない。

あとから振り返ると、「話しやすかったな」「感じのいい方だったな」そんな印象だけが、心に残るのです。

 

これってスーツと同じですね。

仕事ではスーツそのものが前に出るのではなく、着ている人の表情や所作、言葉を引き立ててくれることが大事。

上質でシンプルなスーツこそエグゼクティブたちに好まれる。

結果として、その人自身の魅力が自然に伝わる。

いいスーツがそうであるように、いい眼鏡もその場の雰囲気を整えてくれるんです。

ちなみに私は基本コンサバですが、派手な着こなしで遊ぶのも大好きです(笑)


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スーツも眼鏡も「これ一つで全部こなすもの」だとは考えていません。

今日はどんな場所に行くのか。

どんな人と会うのか。

話す立場なのか、聞く立場なのか。

それとも、少し力を抜いて過ごしたい日なのか。

そうした状況や気分に合わせて、スーツを着替えるように眼鏡も選び直す。

それだけで、その場にすっと馴染めることがあります。

 

「今日はこれで行こう」

そう思える一着や一本があると、一日が少しだけ気持ちよく始まる気がします。

スーツも眼鏡も、ぜひその日の居場所に合わせて着替えてみてください。

きっと、雰囲気は自然と整ってくれるはずです。

 

 

 

インド人が「襟付きシャツ」を着続ける理由

ダイヤモンドオンラインで面白い記事を見つけました。

『ゆるそうなインド人でも必ず「襟付きシャツ」で働く“意外な理由”』というタイトルです。

日本ではスーツ離れが進んでいます。

暑い、堅苦しい、時代に合わない。

そんな理由から、仕事着はどんどんラフになってきました。

確かに日本の夏は厳しい。

湿度も高く、ジャケットやネクタイは負担になります。

クールビズが広まり、「きちんとして見える服」そのものが、少しずつ敬遠されるようになりました。

冬はスーツの中にダウンを着たり見た目なんて何でもいい気にしない。

私個人も無理して着ることはないとアドバイスしていますが“涼しく(暖かく)着る”と“雑に着る”は全く違うものです。

日本より暑い国であるインドでもエリートは身だしなみに気を使い、だらしない格好はしない人が多いんです。

内容をを簡単にまとめてみようと思います。

 

 


暑さなら、インドの方が過酷なのに


日本人がスーツを脱いでいく一方で、インドではホワイトカラーの人たちが今でも必ず襟付きシャツで働いているという話。

インドといえば、40度近い猛暑。

エアコンも十分とは言えず、服装も自由でラフな印象があります。

それでも仕事の場では、襟付きシャツを選びます。

 

 


襟は「立場」を示すためにある

理由はシンプルです。

襟付きシャツは、「私は仕事として、あなたと向き合っています」という無言のメッセージになるからです。

相手への敬意。

自分の役割への自覚。

襟は、それらを一瞬で伝える記号でもあります。

 

 


エリートは「楽」を基準にしない

エリートほど合理的です。

ただし彼らの合理性は、「今が楽かどうか」ではありません。

信頼を得ること。

判断を速くすること。

仕事を円滑に進めること。

そのために、服装という分かりやすい手段を選んでいるだけです。

暑くてもきちんと着るのは、我慢ではなく、仕事のための選択です。

 

 


日本で起きている、静かな変化

日本では、ラフ=先進的 きちんと=古い そんな空気が広がっています。

けれど世界を見れば、責任ある立場にいる人ほど、服装を曖昧にしません。

服は、その人の姿勢を映します。

襟をつけるかどうかは小さな違いですが、積み重なると、大きな印象になります。

 

 


暑くても、ちゃんと着こなすということ

エリートは、暑くてもちゃんと着こなしている。

それは見栄でも、古さでもありません。

自分の立場を理解し、他者と向き合う覚悟がある。

その姿勢が、服に表れているだけなのだと思います。

 

 

別に、毎日無理してスーツを着ろと言いたいわけではありません。

暑い日は暑いし、楽な服を選びたくなるのも自然です。

ただ、「どう見られたいか」「どんな立場でそこに立っているのか」それを一度考えて服を選ぶだけで、装いは少し変わります。

職場の周りも同じようなラフな感じかもしれません。

しかし、ほんの少しでもきちんと着こなしている人はいませんか?

その人は多分他の人たちと違う景色を見ていて、色々な意味での成功に近づいているのだと思います。

 

インドのエリートは、「自分は選ばれた側にいる」という自覚と同時に、「常に見られている」「気を抜いたら終わる」という緊張感を持っています。

服装への意識も、この延長線上にあります。

『日本は「空気」が人を守ってくれる社会』ですが『インドのエリートは「自分は商品」だと知っている』のです。

日本人は本来とても繊細でポテンシャルがすごい。

だから、自分が商品だと気づいたとき、仕事でも高い成果を出せるといわれています。

服はそのスイッチみたいなものなんです。

 

 

長く好きでいられるアイテムを

先日は新年会?というのは名ばかりのいつもの美味しいものを食べに行く会でした。

いつもの北新地『鮨 一献』さんへ。

 

何度訪れても、やはり別格です。

こちらの大将は、味、接客、内装、細部に至るまで一切の妥協がありません。

鮨はもちろん、一品料理も、お茶ですら「きちんと美味しい」。

その積み重ねが、全体の満足度を決定的に高めているのだと思います。

 

当日は気温も高くコートをやめてカシミヤジャケットで。

結果的にこれで大正解。

暖かく、軽く、そして何より快適。

室内外の温度差がある食事の場でも、まったくストレスを感じません。

 

実はこの「キャメルカラーのカシミヤジャケット」という選択、先日終了したピッティ・ウオモとも、非常に共通点があります。

今回のピッティでも強く感じたのは、

・派手さよりも「素材の良さ」
・主張よりも「品のある色」
・トレンドよりも「長く着られる完成度」

この流れが、ますます明確になっているということです。

実際にキャメルのコートも多かった。

キャメルという色は不思議なもので、黒ほど強くなく、ネイビーほど堅くない。

それでいて、大人の余裕と温度感を自然に演出してくれます。

そこにカシミヤという素材が加わると、見た目の柔らかさだけでなく、着た瞬間の軽さ、暖かさ、そして静かな高級感が生まれる。

これはまさに、「分かる人にだけ分かればいい」という、今回のピッティの空気感と重なります。

鮨も、服も、手間を惜しまないこと。

そして、何年経っても変わらず好きでいられること。

北新地のカウンターで感じた心地よさと、フィレンツェで共有されていた価値観は、実は同じところにあるのかもしれません(笑)


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流行を追いかけるのもいいですが、自分が「心地いい」と感じるものを選び続けたいと思います。

その基準は案外シンプルで、着ていて疲れないこと。

場の空気を邪魔しないこと。

そして、何度袖を通しても気分がいいこと。

キャメルカラーのカシミヤジャケットは、そんな大人のわがままを、実にさりげなく満たしてくれますよ。

 

 

 

坂本龍一の装いは、生き方そのものだった

世界を代表するアーティストやプロデューサーとしてだけでなく、人として尊敬を集めた坂本龍一氏。

私も才能だけでなく思想を含め尊敬しておりますが、彼は服装や身だしなみに関しても自身の哲学を持っていました。

先日、たまたま坂本龍一氏の特集を見たこともあり、少し彼の服に対する考えを書いてみようと思います。

 

 

坂本龍一を思い浮かべたとき、強烈な色や奇抜な装いを思い出す人は少ないと思います。

シンプルですがクールで洗練されている感じ。

彼の服装はいつも静かで、控えめで、どこか背景に溶け込んでいました。

見た瞬間に「なんて、かっこいいのだろう」と雰囲気から入り込んできます。

 

◎彼は“ファッション”という言葉をほとんど使わなかった

坂本龍一が語っていたのは、服の流行ではなく、

  • 空間との調和

  • 身体と音の関係

  • 情報量のコントロール

でした。

彼はインタビューで、趣旨としてこんなことを言っています。

余計な情報が多いと、音も濁る
服も同じで、主張しすぎるとノイズになる

服=空間の一部という感覚です。

 

◎重さがあると思考が安定する

坂本龍一氏は必ずしもビスポークを選んでいたわけではありませんが、シルエットや動いた時の布の挙動、そして重さを非常によく気にしていました。

特に有名なのが、

軽すぎる服は落ち着かない
重さがあると、思考が安定する

という趣旨の発言。

これは良いスーツの「布の重みが人を静かにする」というテーラーの感覚とかなり近いです。

 

◎ 「主張しない=存在感が消える」ではない

坂本龍一の服は目立ちませんが、彼の佇まいは強烈です。

理由は簡単で、服が身体を邪魔をせず長く着られる形だけを選んでいるから。

服が人格の邪魔をしないこれを徹底していました。

これは私たちテーラーの中でも同じ感覚を持つ人が多く、最高の普通を探す旅の考えに近いと思います。

 

◎環境意識

晩年の坂本龍一は、環境問題にも深く関わりました。

その影響で、流行消費への距離、長く使えるものへの意識がとても明確でした。

ファストファッションを使い捨てのように買う人と上質なものをケアしながら大切に着る人は根本にある意識が全く違います。

つまり人生・生活のすべてに影響してきます。

その人の着こなしを見れば大体どのような人かが分かる。これは紛れもない事実です。

 

 

坂本龍一の服装は、写真を見ても極端に地味です。

グレーや黒、ネイビーが極端に多い。

シルエットも細すぎず太すぎずゆとりも適度でありデザインもシンプル。

しかし、その佇まいは非常にエレガントで品があります。

その雰囲気こそ彼の思想そのものでしょう。

 

坂本龍一の服は、誰かに見せるためのものではなかったと思います。

ただ、自分がどう在りたいか、どう生きたいかを静かに支えるためのものでした。

装いで思想が伝わる。

その在り方は、音楽でも、服でも、そして人生そのものでも一貫していたように思います。

私たちテーラーの仕事も、実はとても似ています。

坂本龍一の装いが今もなお美しく見えるのは、それが流行ではなく、思想から生まれていたからでしょう。

そしてそれは、時代が変わっても色褪せない「本質」なのだと思います。

 

地味に着ろと言っているわけではありません。

自分の思想を表現した、また自分がなりたい人物になれるような服を選びたいということ。

内面が外見に表れ、外見は内面に影響を与えます。

安いから着る、めんどくさいからこれでいい。そう思うならそれ自体否定はしませんが知らずに損をしているかもしれませんよ。

良くも悪くも必ず人生に影響を与えているはずですから。

 

 

 

 

 

冬の輪郭ある着こなし

せっかくの年始なのでウィンドウショッピングに出かけました。

どこもセール中だけありお客様もたくさんで見ているだけでも楽しいですね。

特に欲しいものがあるわけではないのですが、サングラスや時計など小物をチェックしています。

 

街を歩いていて思うのは、暗めのトーンの着こなしが多いということ。

黒のダウンを着ている方が本当に多い。

ダウンにあまり興味がない私も、知らないうちにダウンブランドのマークを覚えました(笑)

別にそれが悪いわけではないですが。

なぜ黒っぽい着こなしが多いのか。

冬は太陽光が弱く角度も低いので、コントラストが弱く彩度も落ちて見えるので暗めのトーンの方が合いやすいからです。

気分的なものもありますし売っているアイテムもダークめが多いので無意識に買っている場合もあるかもしれませんね。

 

今回はブラウンツイードのチェスターコートにコーデュロイのホワイトパンツを合わせました。

冬こそ明度をあげる着こなしで。

ダークトーンの着こなしが多い中、ホワイトパンツが目を惹きます。

コーデュロイの質感が雰囲気を柔らかくして場の空気が軽くなります。

冬に着るツイードチェスターやホワイトパンツは派手さよりも輪郭を作る役割があります。

視線が止まり安心感として残る。

明度が上がり全体が整理されます。

黒が悪いわけではありませんが、何も考えず全身黒っぽくまとめると場に埋もれてしまうことも。

仕事でもプライベートでも印象が埋もれることは不利になることもあるので、冬の着こなしにも幅を持たせたいですね。


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SPiCAはただ服をオーダーするだけではなく、スタイルや着こなし方、意識、知識などを一緒に考え、提供させていただくサロン的なお店です。

服が好きな方、服を好きになりたい方、自分のスタイルが分からない方、おしゃれになりたい方などもぜひご来店ください。

お客様とたくさんの話をしながら探っていき、一緒に何かを見つけていくことが大事だと思っています。

雑談や無駄話が多いですがその中にヒントが隠れています。

はじめての方は初回無料相談も承っていますので、ぜひお気軽にご連絡ください。

 

 

 

 

 

本年もよろしくお願いいたします

皆様、あけましておめでとうございます。

まだゆっくりとお正月お休みを満喫されている方も多いかと思います。

SPiCAは今日から仕事始めです。

江坂のお店を閉めてからは毎年年始はゆっくりのスタートでご予約があまり入らないのですが、今年は初日からご予約いただきました。

感謝!本当にありがとうございます。

一発目のオーダーはダブルブレステッド。

ダブルいいですよね、私も最近はダブルスーツがほとんどです。

当店のダブルは他では作れないデザインですので、思い切り楽しんで着こなしてください。

 

私も年末年始もゆっくり休みましたよ。

旅行などは行かず基本家でのんびりなのですが、大阪のレアな場所を何時間も散歩する、ある店のたこ焼きを食べに行くなど、毎年必ず行う謎の恒例行事があります(笑)

今年は意味はないんですがなんとなく淡路駅から本町方面に向かって歩きました。

知らない場所を歩く散歩は新しい発見があったりインスピレーションが湧いたり結構面白いものなんですよ。

 

2026年も新しいスタイルを模索しながら最高と思えるスーツを仕立ててまいりますので、ご愛顧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。


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10周年を迎えることができ皆様に感謝!今年も1年ありがとうございました

年末年始は12月31日~1月2日までお休みをいただきます。

明後日は大晦日、今年も無事1年を過ごすことができました。

オープンして10周年を迎えることができたのは、私にとって本当に大きなことです。

 

コロナで江坂のお店を閉めてから、分かってはいたもののお客様の数はかなり減っています。

働き方改革、そして立て続けの止まらない値上げでスーツ離れもあり、この業界も衰退が続いています。

ただその分お客様と深い関係が築けていることはありがたいこと。

昔務めていたお店では1着売るのに40分以内で収めるようにといわれていましたが、今は完全予約制にして時間をほとんど気にせず接客することができますし仕事は本当に楽しいです。

オープン当初からのお客様も未だにご贔屓くださり、ご連絡のたびに感謝の気持ちが溢れます。

9年前から毎シーズン必ずオーダーくださっていたお客様が遠くに転勤で最後のオーダーにご来店くださいました。

その時の会話で、「10年続けれたことは凄いこと。そして、大体10年で次の大きな変化が来るんだよ。」という言葉がとても印象的でした。

今の仕事の仕方もかなり特殊ではあるかもしれませんが、何か新しいことを始めたい、そんな時期ではないかとぼんやり思っていたので。

オーダーの仕事を続けながらスーツを通じた何かをできないかと考えています。

まだ何も浮かんでませんが(笑)

 

これからもお客様との時間を大切にしながら、より良い一着をお届けできるよう努めてまいります。

引き続きご贔屓いただければ幸いです。

来年もお客様とお会いできることを楽しみにしております。

今年も1年、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

品格をまとう スーツ

週末は20度近くまで上がるほど暖かかったのに今日は10度。

気温差が激しすぎます。

体調を崩さないようにしないと。

今朝は寒かったのでフランネルスーツにローデンクロスのチェスターコートと真冬対応の着こなしです。

駅で電車を待っているときに手が悴んでいたので、ちゃんとレザーグローブも用意して正解でした。

これでマフラーがあれば氷点下でも大丈夫ですね。

 

 

 

 

 

日曜日にNHKで放映されている「美の壺」という番組で、スーツが題材の回がありました。

2023年の再放送なのですが、業界人として当然見なければいけません。

タイトルは、

「品格をまとう スーツ」

 

派手なトレンドや高級ブランドを語るのではなく、スーツという衣服がもつ「静かな美しさ」や「人となりの表れ」に焦点を当てたとても印象的な内容でした。

伝えたかったであろうことを、自分なりにとらえて少し書いてみようと思います。

 

 

「スーツは“主張しない美”である」

番組の中で語られていたのは、スーツは自己主張のためだけの服ではないという考え方です。

色や形で目立つのではなく、着る人の立ち居振る舞いや言葉を、そっと引き立てる存在。

・前に出すぎない
・しかし、確かに品格を感じさせる

その“控えめさ”こそが、スーツの美であると紹介されていました。

 

「サイズが合うことは、礼儀である」

番組では、体に合ったスーツの重要性にも触れられていました。

肩のライン
袖の長さ
背中のゆとり

それらが整っているだけで、人は自然と「きちんとしている」「信頼できそう」という印象を受けます。

逆に言えば、サイズが合っていないスーツは、どんな高級生地でも美しく見えません。

スーツは自分のためであり、同時に相手への配慮でもある。
そんな視点が、とても日本的で印象的でした。

 

「時間が、スーツを育てる」

新品のスーツよりも、着込まれ、手入れされてきたスーツにこそ美が宿る。

番組では、長年同じスーツを大切に着続けている人の姿も紹介されていました。

・ブラッシング
・アイロン
・繕い

そうした積み重ねが、生地に表情を与え、その人だけの一着になっていく。

スーツは消耗品ではなく、時間と共に完成していく衣服なのだと感じさせられました。

 

 

そこから見える、スーツの本当の魅力

この回を通して改めて感じたのは、スーツの魅力は「かっこよさ」や「成功の象徴」ではない、ということかもしれません。

■ スーツは“人を語る服”

・どう生きてきたか
・どう人と向き合ってきたか
・どんな姿勢で仕事をしているか

そうした内側の在り方が、自然と滲み出てしまう服です。

だからこそ、
派手さよりも、誠実さ
流行よりも、調和
新しさよりも、似合っていること

が大切になるのだと思います。

 

■ 品格とは、静かに伝わるもの

番組のタイトルにもあった「品格」。

それは声高にアピールするものではなく、「なんとなく感じる」「理由はないけれど安心する」そんな形で伝わるものです。

きちんとしたサイズ
整えられた生地
清潔感のある着こなし

それらが合わさったとき、スーツは“鎧”ではなく、信頼をまとう衣服になります。

 

「美の壺」のこの回は、スーツを着る意味を、静かに問い直してくれる内容だったと思います。

スーツは、誰かより目立つためのものではなく、自分自身を整え、相手を尊重するための装い。

だからこそ、流行が変わっても時代が変わってもスーツは残り続けるのだと思います。

もしクローゼットにある一着を、少し丁寧にブラッシングしてみたくなったなら、それこそがこの番組が伝えたかった「美」なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「レギンスはどこまで許されるのか」

最近、SNSを中心に「レギンスはどこまで許されるのか」という論争が盛り上がっています。

動きやすさやジムなど体を動かすときに着替えが必要ないという気軽さがうけ、俳優の広瀬すずさんのレギンス姿での移動も話題になりましたね。

レギンスではないのですが、海外の方の服装を見て思っていたことがあったので、ちょっとブログで書いてみようと思いました。

 

レギンス論争ではこんな問題がありました。

◎ ジムでの服装指摘トラブル(海外)

アメリカのインフルエンサー女性が、ジムで「密着レギンス」の着用を理由に退館を求められたとSNS投稿したところ、賛否を巻き起こしました。
— 支持派は「快適さや運動しやすさは個人の自由」「体型を気にせず着られるべき」と主張。
— 反対派は「他の利用者への配慮や施設の服装規定は必要」と反論しています。

◎ディズニーでの着用トラブル

アメリカ・ディズニーワールドで、スポーツブラ+レギンスのスタイルで入園した女性が注意を受けた投稿が話題に。
賛成意見では「カジュアルで快適な服装は許容されるべき」、反対意見では「テーマパークには場にふさわしい服装ガイドラインが必要」との意見が出ています。

◎インドの学校で禁止措置

インド・アーメダバードの学校が女子生徒のスカート下でのレギンス着用を禁止し、保護者が抗議。
賛成派(学校側)は「制服規定として統一性を保つ必要がある」と主張。
反対派(保護者・生徒)は「快適さと動きやすさを考えると禁止は過剰」と反発しています。

 

 

主な賛成意見(レギンス着用支持)

✅ 個人の自由・快適さ重視

  • レギンスは動きやすく、快適であるため日常的な服装として支持する人が多い。

  • 「自分の体型やスタイルを気にせず着られるべき」との声。

  • 海外のSNSでは「好きなら着ればいい」「時と場所を選べば問題ない」といった意見が目立ちます。

✅ 性差別や服装規範への反発

  • 一部では「女性の服装を制限する考え方自体が性差別的」という批判が強いです。

  • 男性の服装には寛容で女性の服装だけ批判されるのは不平等だ、という意見もあります。

✅ ファッション・文化としての受容

  • れっきとしたファッションアイテム(アスレジャー)として浸透しており、日常着として定着しているとの見方。

  • 「レギンスをパンツとして着る文化は世界的な流行」とする意見も根強いです。

 

主な反対意見(レギンス着用への批判)

❌ 服装としてのふさわしさ

  • 公共の場や職場・学校など、場にそぐわないという意見。

  • 「レギンスはスポーツ用で、通常のズボンとしては不適切」とする人もいます。

❌ 他者への配慮や視線

  • 一部では「体のラインが出やすく、周囲の人の視線や不快感を誘発する」との声も。

  • ただし、この手の意見には「見る側の問題であり、服装の責任にすべきではない」といった反論も見られます。

❌ 健康・社会的な影響

  • TikTok上で「legging legs(レギンス脚)」という流行語が出現し、理想的な体型を強調しすぎて 自己イメージの不安 や 摂食障害リスク を高めるとして一部機能がブロックされた例もあります。

 

 

支持派の主張としては、「動きやすく快適」「個人の自由を尊重すべき」という意見が目立ちます。

特に、女性の服装だけが過度に指摘される風潮に対し「性差別的ではないか」という指摘も見られます。

また、レギンスはアスレジャー・ファッションとして定着しており、「日常着として受け入れてよい」という声も広がっています。

反対派は、「公共の場には相応しい服装がある」「体のラインが出すぎて周囲が気を遣う」という立場を取ります。

一方で、この「周囲が不快だから」という論理そのものに対し、強い反論もあるため、議論が平行線になりやすい状況です。

 

 

 

 

前々から思っていたのは、海外の観光客の驚くほど多くが、男女ともタンクトップに半パンの着こなしが多いなぁ。ということ。

こんなことを書くと差別だセクハラだと炎上しそうですが正直太ってる方がかなり多いんです。

ただ私が感じたのは、「自分の着たいものを堂々と着ていて素晴らしい!」ということ。

日本人は自信がないところを隠す人が多く、それがコンプレックスになっていることが多いからです。

好きなものを堂々と着る!自分的には素敵なことだと思っています。

ただし、センスとは全く別の話ですが。

 

また、以前ミシュランのフレンチレストランに行ったとき、海外の方が一人で来られていて、まさにタンクトップに半パン姿でした。

ドレスコードがあるのにそれはどうなんだろう。と。

レストランの対応にも問題がありますが、雰囲気も含めて楽しみに来ている以上TPOは守ってほしいものです。

 

 

 

人それぞれ基準や意識が違うので多分答えなんてないのだと思います。

結局のところ鍵になるのは「TPO(時と場所と場合)」ではないかと感じます。

レギンスを履くこと自体が良い・悪いではなく、周囲との関係性やその場のルール、そして自分がどう見られたいのかという意識が重要です。

自由を大切にしつつ、場に合わせた選択ができれば、過剰な対立は避けられるはずです。

多くの方がマナーを知っていれば、このような論争自体起きないとは思うのですが。