サイト管理人のブログです。
BLOG
ブログ一覧
インド人が「襟付きシャツ」を着続ける理由
ダイヤモンドオンラインで面白い記事を見つけました。
『ゆるそうなインド人でも必ず「襟付きシャツ」で働く“意外な理由”』というタイトルです。
日本ではスーツ離れが進んでいます。
暑い、堅苦しい、時代に合わない。
そんな理由から、仕事着はどんどんラフになってきました。
確かに日本の夏は厳しい。
湿度も高く、ジャケットやネクタイは負担になります。
クールビズが広まり、「きちんとして見える服」そのものが、少しずつ敬遠されるようになりました。
冬はスーツの中にダウンを着たり見た目なんて何でもいい気にしない。
私個人も無理して着ることはないとアドバイスしていますが“涼しく(暖かく)着る”と“雑に着る”は全く違うものです。
日本より暑い国であるインドでもエリートは身だしなみに気を使い、だらしない格好はしない人が多いんです。
内容をを簡単にまとめてみようと思います。
暑さなら、インドの方が過酷なのに
日本人がスーツを脱いでいく一方で、インドではホワイトカラーの人たちが今でも必ず襟付きシャツで働いているという話。
インドといえば、40度近い猛暑。
エアコンも十分とは言えず、服装も自由でラフな印象があります。
それでも仕事の場では、襟付きシャツを選びます。
襟は「立場」を示すためにある
理由はシンプルです。
襟付きシャツは、「私は仕事として、あなたと向き合っています」という無言のメッセージになるからです。
相手への敬意。
自分の役割への自覚。
襟は、それらを一瞬で伝える記号でもあります。
エリートは「楽」を基準にしない
エリートほど合理的です。
ただし彼らの合理性は、「今が楽かどうか」ではありません。
信頼を得ること。
判断を速くすること。
仕事を円滑に進めること。
そのために、服装という分かりやすい手段を選んでいるだけです。
暑くてもきちんと着るのは、我慢ではなく、仕事のための選択です。
日本で起きている、静かな変化
日本では、ラフ=先進的 きちんと=古い そんな空気が広がっています。
けれど世界を見れば、責任ある立場にいる人ほど、服装を曖昧にしません。
服は、その人の姿勢を映します。
襟をつけるかどうかは小さな違いですが、積み重なると、大きな印象になります。
暑くても、ちゃんと着こなすということ
エリートは、暑くてもちゃんと着こなしている。
それは見栄でも、古さでもありません。
自分の立場を理解し、他者と向き合う覚悟がある。
その姿勢が、服に表れているだけなのだと思います。
別に、毎日無理してスーツを着ろと言いたいわけではありません。
暑い日は暑いし、楽な服を選びたくなるのも自然です。
ただ、「どう見られたいか」「どんな立場でそこに立っているのか」それを一度考えて服を選ぶだけで、装いは少し変わります。
職場の周りも同じようなラフな感じかもしれません。
しかし、ほんの少しでもきちんと着こなしている人はいませんか?
その人は多分他の人たちと違う景色を見ていて、色々な意味での成功に近づいているのだと思います。
インドのエリートは、「自分は選ばれた側にいる」という自覚と同時に、「常に見られている」「気を抜いたら終わる」という緊張感を持っています。
服装への意識も、この延長線上にあります。
『日本は「空気」が人を守ってくれる社会』ですが『インドのエリートは「自分は商品」だと知っている』のです。
日本人は本来とても繊細でポテンシャルがすごい。
だから、自分が商品だと気づいたとき、仕事でも高い成果を出せるといわれています。
服はそのスイッチみたいなものなんです。
アイビー黄金期を纏う!こだわりのオックスフォードシャツが完成しました
ついに最強寒波がやってきました。
しかもしばらく居座る予報。
気象庁が記者会見するレベルなので十分気を付けてください。
昨日もコートにレザーグローブ、マフラーと完全防備でしたが、雪がチラチラ降るなか街を歩く人のほとんどが手袋をしていない。
自分なんて基本寒くなれば手袋必須で常にレザーグローブを持ち歩いていますが本当に暖かいですよ。
逆になくては耐えられない。
ミラノ、ナポリ、ロンドン、パリ、ニューヨークと海外では紳士の基本です。
見た目もエレガントですしこの寒波の中では是非お勧めします。
お客様のシャツが仕上がったのですが、かなりこだわりの詰まったシャツが完成しました。
生地はVINTAGE OXFORD。
最近は繊細なロイヤルオックスばかり見かけるようになりましたが、昔ながらのオックスフォードを再現したかなり太番手な生地です。
私も昔から大好きな生地で着こむたびに味が出ます。
真夏には着れませんが(笑)
そしてデザイン細部にもこだわりが。
ヘビーウェイトのオックスに美しいロールのボタンダウン、前立てにポケットとくれば、もうお分かりだと思います。
アイビー黄金期のスタイルです。
今回特に重要なのは芯地にスーパーソフトを採用したところ。
スーパーソフトはとにかく柔らかい芯地です。
表の生地に左右されるのでどのような雰囲気になるかはお楽しみではあるのですが、アイビーのオックスフォードの一番の特徴ではないでしょうか。
使うたびにくたっとした感じになりますが生地はヘビーウェイトなので形は崩れない。
「潰れているのに、ロールは生きている」という独特の表情になる。
新品よりも10回、20回洗った後の“くたっと感”が本番なんです。
アイビーのオックスフォードは“だらしなくないラフさ”がスタイルです。
“生活の中で自然に馴染んだ服”が美しい。という定義。
洗濯糊など付けず自然なシワを楽しむ。
ゆったりのイメージですがだらしないオーバーサイズはNGで、清潔感を持ち生地の質はよいものを。
気取らないのに品がある。これこそがアイビーの核心です。
シャツであれば生地が上質でサイズが合っていればかなりきっちりした印象を持つことができます。
しかし、誰も分からなくてもシャツの背景を知りそれを理解して着こなしている人は特にかっこいいんです。
例えばシャツとジーンズというシンプルさなのに何でかっこいいんだろう?と思う着こなしの人がいますが、それは背景を知り背景を理解した着こなしをしているからだと思います。
その他者に気付かれないようなこだわりが、実は雰囲気に出ているのです。
実は奥が深いシャツ。
皆さんもこだわりを楽しんでみてはいかがでしょうか。
長く好きでいられるアイテムを
先日は新年会?というのは名ばかりのいつもの美味しいものを食べに行く会でした。
いつもの北新地『鮨 一献』さんへ。
何度訪れても、やはり別格です。
こちらの大将は、味、接客、内装、細部に至るまで一切の妥協がありません。
鮨はもちろん、一品料理も、お茶ですら「きちんと美味しい」。
その積み重ねが、全体の満足度を決定的に高めているのだと思います。
当日は気温も高くコートをやめてカシミヤジャケットで。
結果的にこれで大正解。
暖かく、軽く、そして何より快適。
室内外の温度差がある食事の場でも、まったくストレスを感じません。
実はこの「キャメルカラーのカシミヤジャケット」という選択、先日終了したピッティ・ウオモとも、非常に共通点があります。
今回のピッティでも強く感じたのは、
・派手さよりも「素材の良さ」
・主張よりも「品のある色」
・トレンドよりも「長く着られる完成度」
この流れが、ますます明確になっているということです。
実際にキャメルのコートも多かった。
キャメルという色は不思議なもので、黒ほど強くなく、ネイビーほど堅くない。
それでいて、大人の余裕と温度感を自然に演出してくれます。
そこにカシミヤという素材が加わると、見た目の柔らかさだけでなく、着た瞬間の軽さ、暖かさ、そして静かな高級感が生まれる。
これはまさに、「分かる人にだけ分かればいい」という、今回のピッティの空気感と重なります。
鮨も、服も、手間を惜しまないこと。
そして、何年経っても変わらず好きでいられること。
北新地のカウンターで感じた心地よさと、フィレンツェで共有されていた価値観は、実は同じところにあるのかもしれません(笑)
流行を追いかけるのもいいですが、自分が「心地いい」と感じるものを選び続けたいと思います。
その基準は案外シンプルで、着ていて疲れないこと。
場の空気を邪魔しないこと。
そして、何度袖を通しても気分がいいこと。
キャメルカラーのカシミヤジャケットは、そんな大人のわがままを、実にさりげなく満たしてくれますよ。
グレー × シャークスキン
イタリアのフィレンツェでちょうどピッティウオモが開催されていますね。
たくさんの業界人がピッティの写真をアップしています。
私はそれほどブランドに興味がないのですが、やはりおしゃれな人の着こなしを見るのは楽しい。
ダウンもいますがウールやカシミヤのコートが溢れていてもう街そのものがかっこいい。
スーパーエレガント。
これこそダンディズムです。
外見の洗練を通して、内面の自由と美意識を貫く。
日本人のウェルドレッサーは世界的にも高評価でおしゃれで有名。
日本人はやると決めたら徹底的にやるので世界でもトップクラスの感性。
ただ、オシャレじゃない人との差もかなりありますが。
完成したお客様のスーツ。
グレーのシャークスキン。
もうグレーでシャークスキンといったら鉄板ですよね。
“サメの肌が光を反射するように見える”と形容されたことが名前の由来です。
ギザギザした織りで経糸と緯糸の濃淡差による微細な光沢が特徴です。
戦後アメリカで爆発的に流行し、1950〜60年代アメリカで“クールの象徴”でした。
特にラスベガスのショーやカジノでは、“シャークスキン=夜の華やかさ”というイメージで大人気だったんです。
『オーシャンズ11』(1960)フランク・シナトラ率いる“ラットパック”が着ていたのがまさにグレーのシャークスキンで、これも人気に火をつける要因に。
逆に英国では控えめな光沢が知的で落ち着いて見える上質なビジネス生地として“銀行員の生地”として愛されました。
つまり華やかでも堅実でもどちらでも着こなせるという万能の生地なんです。
ネイビーだと濃淡が出にくいので、グレーの象徴的な織りとして人気を博しています。
個人的にはライト~ミディアムのシャークスキンが好きで私が持っているのもそう。
落ち着きつつも軽やかなイメージが好印象です。
定番である生地なので手に入れやすいですし、新しく新調するスーツにぜひいかがでしょうか。
坂本龍一の装いは、生き方そのものだった
世界を代表するアーティストやプロデューサーとしてだけでなく、人として尊敬を集めた坂本龍一氏。
私も才能だけでなく思想を含め尊敬しておりますが、彼は服装や身だしなみに関しても自身の哲学を持っていました。
先日、たまたま坂本龍一氏の特集を見たこともあり、少し彼の服に対する考えを書いてみようと思います。
坂本龍一を思い浮かべたとき、強烈な色や奇抜な装いを思い出す人は少ないと思います。
シンプルですがクールで洗練されている感じ。
彼の服装はいつも静かで、控えめで、どこか背景に溶け込んでいました。
見た瞬間に「なんて、かっこいいのだろう」と雰囲気から入り込んできます。
◎彼は“ファッション”という言葉をほとんど使わなかった
坂本龍一が語っていたのは、服の流行ではなく、
-
空間との調和
-
身体と音の関係
-
情報量のコントロール
でした。
彼はインタビューで、趣旨としてこんなことを言っています。
余計な情報が多いと、音も濁る
服も同じで、主張しすぎるとノイズになる
服=空間の一部という感覚です。
◎重さがあると思考が安定する
坂本龍一氏は必ずしもビスポークを選んでいたわけではありませんが、シルエットや動いた時の布の挙動、そして重さを非常によく気にしていました。
特に有名なのが、
軽すぎる服は落ち着かない
重さがあると、思考が安定する
という趣旨の発言。
これは良いスーツの「布の重みが人を静かにする」というテーラーの感覚とかなり近いです。
◎ 「主張しない=存在感が消える」ではない
坂本龍一の服は目立ちませんが、彼の佇まいは強烈です。
理由は簡単で、服が身体を邪魔をせず長く着られる形だけを選んでいるから。
服が人格の邪魔をしないこれを徹底していました。
これは私たちテーラーの中でも同じ感覚を持つ人が多く、最高の普通を探す旅の考えに近いと思います。
◎環境意識
晩年の坂本龍一は、環境問題にも深く関わりました。
その影響で、流行消費への距離、長く使えるものへの意識がとても明確でした。
ファストファッションを使い捨てのように買う人と上質なものをケアしながら大切に着る人は根本にある意識が全く違います。
つまり人生・生活のすべてに影響してきます。
その人の着こなしを見れば大体どのような人かが分かる。これは紛れもない事実です。
坂本龍一の服装は、写真を見ても極端に地味です。
グレーや黒、ネイビーが極端に多い。
シルエットも細すぎず太すぎずゆとりも適度でありデザインもシンプル。
しかし、その佇まいは非常にエレガントで品があります。
その雰囲気こそ彼の思想そのものでしょう。
坂本龍一の服は、誰かに見せるためのものではなかったと思います。
ただ、自分がどう在りたいか、どう生きたいかを静かに支えるためのものでした。
装いで思想が伝わる。
その在り方は、音楽でも、服でも、そして人生そのものでも一貫していたように思います。
私たちテーラーの仕事も、実はとても似ています。
坂本龍一の装いが今もなお美しく見えるのは、それが流行ではなく、思想から生まれていたからでしょう。
そしてそれは、時代が変わっても色褪せない「本質」なのだと思います。
地味に着ろと言っているわけではありません。
自分の思想を表現した、また自分がなりたい人物になれるような服を選びたいということ。
内面が外見に表れ、外見は内面に影響を与えます。
安いから着る、めんどくさいからこれでいい。そう思うならそれ自体否定はしませんが知らずに損をしているかもしれませんよ。
良くも悪くも必ず人生に影響を与えているはずですから。