ファッションの本場といえばイタリア。
適当に選んだ物を着ているかのように見えて、それでいて洗練されていてかっこいい。
彼らはスーツを「完璧に着こなす」のではなく、あえて“くずして”着ているのです。
ネクタイを少し緩め、シャツの第一ボタンを開け、肩に力の入らない軽いジャケットを羽織る。
なぜ、そんなスタイルが彼らの間で美徳とされるのでしょうか?
その理由は、イタリア人の根本的な生き方の哲学にあります。
彼らにとって、ファッションとは“武装”ではありません。
「人生を楽しむためのもの」です。
スーツもまた、緊張の象徴ではなく、自由を楽しむための道具。
だからこそ、「型通り」に着ることよりも、自分らしく、自然体でいることを大切にするのです。
特にナポリなど南イタリアでは、気温も高く湿度もあるため、英国式の重いスーツではなく、
「軽く、柔らかく、着ていることを忘れるような服」が進化しました。
芯地を極限まで省き、肩パッドもほとんど入れない──いわゆるナポリ仕立てのジャケットは、まさにこの思想の結晶です。
彼らはこう考えます。
「きちんと作ったものを、きちんと着崩す。」
ただラフに見せているのではありません。
質の高い素材、きれいな縫製、体に合ったフィット感──
すべてを備えた上で、あえてリラックスして着るからこそ、色気や深みが滲み出るのです。
イタリア語に「Sprezzatura(スプレッツァトゥーラ)」という美しい言葉があります。
直訳すると「さりげない洗練」。
まるで努力の跡を感じさせない自然なエレガンスを指します。
イタリア人の着崩しとは、このスプレッツァトゥーラの精神そのもの。
力を抜いているようで、実は、深い計算と美意識の上に成り立っているのです。
“装いとは、自分を楽しむためのアートである”
そんな彼らの姿勢に、私たちも学ぶべきヒントが隠れているかもしれません。
完璧を目指すのではなく、完璧を超えて、自然体の美しさを纏う。
それが本当のファッションの楽しみ方なのです。
日本人は周りの目を気にしすぎてイタリア人のように心からファッションを楽しめていない人も多いと言います。
自分を好きでないと幸せにはなれません。
もっと好きな服を堂々と着てください。
ファッションを存分に楽しんで、マナーを守り他者を思いやる紳士の心でいた場合、「出る杭は打たれる」ではなく「出過ぎた杭は打たれない。そして愛される。」になるんです(笑)