パリ五輪の卓球女子団体で銀メダル、シングルスで銅メダルを獲得した早田ひな選手の発言が話題になっています。
「知覧特攻平和会館に行ってみたい。生きていること、卓球ができているのは当たり前じゃないのを感じたい」
若くして物事を深く考えられる方で本当に尊敬します。
ずっと応援していきたい選手です※もちろん今までも応援してましたが
知覧特攻平和会館は自分もずっと行ってみたかった場所。
さすがに鹿児島なので中々行く機会がありませんが、戦争がどれだけ虚しく恐ろしいものかが分かると思います。
最近も広島に行く機会をうかがっていました。
昔行ったきりの広島平和記念資料館と原爆ドームに行きホロコースト記念館に寄って歴史を勉強したい。
将来を考えるには歴史を知ることは大切だと思います。
北野武さんの言葉にもとても感銘を受けたものがありました。
「若いのが作法を学ばないのは、手本になる大人がいないからだ。
少なくとも男にとっての作法は、ある種の憧れだったり、「あのときのあの人は格好良かったな」という記憶だ。
身近にそんな人がいたら、強制なんかされなくたって真似したくなる。
鮨の食い方にしても、酒の飲み方にしても、昔はそうやって格好いい大人の真似をして覚えたものだ。
そう考えると、年寄りが「いまの若いのは作法がなってない」と言うのは、天にツバするのと同じことかもしれない。」
まさにその通りだなと。
名言ではないでしょうか。
日本人にお洒落な人やかっこいいと思える人が少ないのは周りにお手本となる大人がいないからだと思います。
お客様とお話しして本当に多いのが、父親が靴磨きをや服のケアをしていたから自分も大人になってマナーを気をつけるようになったというお話。
また、とある会社役員のお客様(ビームス1号店の頃から服好きのお客様)は先輩に連れられ色々なマナーを教わったと。
そのお客様はもう定年退職されましたがその部下の方が本当に身だしなみをきっちりとされています。
やはり人はかっこいいと思える人の背中を見て成長していくんだなぁと思いました。
他にも北野武さんのこんな名言があります。
「作法というのは、突き詰めて考えれば、他人への気遣いだ。
具体的な細かい作法をいくら知っていても、
本当の意味で、他人を気遣う気持ちがなければ、何の意味もない。」
身だしなみも元々は相手を思いやる作法のひとつです。
だらしない格好で、また不潔な格好で人と会うのは相手に対し思いやりがないのではないでしょうか。
日本は昔はおもてなしの国だといわれていました。
昔は多くのサラリーマンが帽子をかぶり、スーツを着て、磨いた革靴を履いていました。
その頃がすべていいとは思いませんし真似するべきとも思いませんが、今はかっこいいと思える大人を見かけることが本当に少なくなったと思います。